■ 借金地獄からの生還
第3章−借金逃避
異たる所に赤や青や緑の光が渦を巻いている、街行く人々の足取りも心なしか速い。
12月下旬、街はクリスマス一色になっている、今年もあと僅かである。
私は先月末に大家の代理人から届いた『退去勧告通知』に従い、今朝早くに代理人と管理業者立会いの下、17ヶ月間暮らしたこの部屋を明け渡した。
半年にも及ぶ家賃滞納の挙句に部屋を追い出され、未払家賃の不足分を充当する為に、部屋の家財道具は全て管理業者が引き上げて行き、手元に残ったものは大きなボストンバッグいっぱいの着古した洋服だけだった。
この借金の引き金となった、理想の一人暮らしが今日で終わった。
行く当ても無く街を彷徨い、目に付いたコーヒーショップでコーヒーを買い、また目的も無く街を歩く。
そんな事を数時間も繰り返しているうちに、ひとつの目的に辿り着いた。
雪が見たい、誰の足跡も無いまっさらな雪景色が見たい。
私の足は終電間際の駅に向かって動き出していた。
24:00発の鈍行の夜行列車に飛び乗った私は、がらんとした人気の少ない車内の一番後ろの席に腰を下ろし、唯一の連れであるボストンバッグを網棚の上に載せ、発車のベルを待った。
雪の見れる終点の街に着くのは、明朝6:00頃、それまで暫しの間、簡素な硬い座席に身体を預け眠ることにした。
息が白い、都会で見る息の白さとは比べ物にならないぐらい白い。
早朝の誰の足跡も付いていない真っ白なホームに降り立った私は、今夜の安宿を探す為、駅前の観光案内所に立ち寄った。
すると山奥にある古い一軒宿の湯治場を紹介してくれた。
ローカルバスを乗り継いで、その終点から徒歩30分程、まさに秘湯である。
どうにか宿の全景が眼下に見渡せる場所まで辿り着いた、山間の谷底深くに湯煙を上げて佇むその湯宿は、昭和初期の古き良き時代の日本を想わせた。
しかも観光案内所で一泊二食付7000円の一般料金と、一泊食事なし3000円の湯治料金があると聞いていた私は、地元の商店でインスタントラーメン等の食料とタオル等の生活雑貨を買い込み、湯治料金で長期滞在の構えを整えていた。
真っ白な雪に埋もれた音の無い世界、そこに響くのは川のせせらぎと湯船に注がれる湯の音、そして時折聞こえる雪や氷柱が屋根から落ちる音、それだけだ。
時間がゆるやかに流れる非日常の世界は時に人生の節目や、新たな出発点、または人生リセットには必要なのかもしれない。
私が現実の都会に戻って行ったのは、2週間後の年が明けてまもなくの頃だった。
現実の日常生活に戻って最初にしなくてはならない事は、部屋探しである。
今回は前回の部屋探しとは打って変って、六畳一間に半畳ほどの台所、風呂無し共同便所、築40年は経っているであろう歴史的建造物で、家賃は3万5千円である。
大家に頼み込んで不動産業者を通さずに、家主から直接借りたので、入居費用も7万円で済んだ。
ここからもう一度やり直す為の、この部屋が新しい出発点である。
前の部屋は、新品の家具や電化製品が処狭しと溢れていたが、テレビもタンスも無い、裸電球が一つぶら下がるだけの部屋もなかなかおつなものである。
そして、部屋探しの次にしなくてはならないのが、仕事探しである。
求人雑誌を端から買い漁り、一日に3社〜4社の面接を2週間ほぼ毎日受け、その甲斐有って、3社から採用の連絡があり、その内の1社に再就職が決まった。
入社後6ヶ月間は仮採用という事で給与も少ないが、この御時世に再就職が出来ただけでも感謝しなくてはならないだろう。
とりあえず生活の基盤である家と職は決まったが、最後にやらなくてはならない事が残っている。
今まで無計画に積み重ねてきた借金の整理である。
こればかりは自分の手で行う事が出来ないので、専門家に頼もうと思うのだが、何処の誰に頼んで良いのか、費用はどれ位掛かるのか、全く見当もつかない。
弁護士や司法書士と言った法律家の先生に頼むという事は、何となく分かるのだが、何処の先生に頼めば良いのか全く分からなかった。
今現在、自宅は引越し職場も変わり、住民票はそのままになっているので、暫くの間は金融業者からの連絡が無いのは当然の事である。
だが普通に生活をしていれば住所も連絡先もいずれ分かるだろう、しかもこのまま放って置いたからといって借金が消えて無くなる訳でもない。
頭では解っているのだが、嫌な事や面倒な事を後回しにしたり、最悪の状況が訪れるまで行動しない悪い癖が始まりそうである。
これまでも、その悪い癖が原因でズルズルと借金を膨らましてきた、ここまでくる途中の段階で、その気さえあればもっと早くにどうにかなった筈だ。
全てが自分への甘さと、弱さである事は明確だった。
ここで借金という現実と真正面から向き合い、この問題を打破し乗り越えて行かなければ、残りの人生、陽の当たらない路を歩む事になるだろう。
色褪せた古い畳に横になり、裸電球からこぼれた橙色の光を見上げていた。
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